2012年11月24日土曜日

古くなる新しさ、新さのなかの古さ

アメリカ大統領選挙が一段落したと思ったら、共産党大会が開かれ、日本の衆議院解散総選挙もそろそろかという話題がニュースをにぎわしている。

ついに日本でも二大政党化し、民主党が政権交代劇を繰り広げた前回とは隔世の感がある。その間に、とんでもないことが起こりすぎて、それに対応するにはあまりにおそまつな政権であったことはほとんどの方が同意する事実だろう。


今回は、第三極が鍵になると言われ、日本維新の会がやや支持率を落としながらも、石原新党とともに話題になっている。(後に合流した)

維新とは「チェンジ」の意味であり、スローガンとしてはオバマ政権と変わらない。
もともとの意味は『詩経』「大雅・文王篇」の一節である「周雖旧邦 其命維新(周は旧邦なりといえども、その命これ新たなり)」からとられているそうだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B6%AD%E6%96%B0

どちらにせよ、政治に関して言えば、「新」を使うのだ大好きな国民である。日本新党、新生党、新進党、新党日本etc.など枚挙にいとまがない。
今、考えればその時点では新しいかもしれないが、後々古くなることを考えてないのだろうかと首をかしげてしまう。
そもそも何をやりたいのか名前からは想像ができない。

日本維新の会は、もちろん、明治維新からの影響はあるので、かつての日本の大事業への郷愁が含まれている。
しかし、明治維新は、大政奉還、王政復古から始まるように、政治的実権が、将軍から天皇に返還される、ルネッサンス運動であったと言ってもよい。新しくするための古典回帰運動でもあったのだ。

新しいものがよいわけでもないし、古いものがよいわけでもない。新しさもいずれ古くなるし、古いものの中に新しいものを発見することもある。

新旧という時間軸で争っている時代がどこまで続くのかわからないが、新しい以外の価値観が出てきたときにようやく日本の政治も落ち着くのではないかと勝手に予想している。(三)


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