2012年12月3日月曜日

縦か横の時代

写真のサイズが高さと幅の違いがある限り、横と縦のどちらで撮るかという判断は常につきまとう。

単純に言えば、幅の広い被写体は横だし、幅の高い被写体は縦ということになる。
かし、これを見せるという段階になると、いろいろやっかいなことが出てくる。
例えば、ファッション雑誌などの人物写真は縦が多いだろうし、また、旅雑誌などになれば、横位置の写真が多いだろう。
しかし、横の写真は、雑誌や本が、見開きという、2ページまたがる特性があるから成り立つものである。

タブレットのような1画面しかない場合、見開きのようなレイアウトをすると写真が2画面にまたがってしまい見にくいものとなる。
たとえ、タブレットを横にして、2ページ分を1画面で見たとしても、とても小さくなってしまい、見開きによってサイズを大きくする雑誌とは真逆の効果になってしまう。

また、タブレットを横にして、ページめくりするのは持ち手が疲れるという問題もある。やはり、タブレットを電子書籍的に扱うのなら、縦に持つのが自然だろう。
逆に映像ビューワーとして扱うならば、横位置で置いて見るのが自然だということになる。

そうしたとき、写真を静止画として見る場合は、縦画面で見て、スライドショーなど動画として見る場合は、横画面で見るという、縦と横の特性が大きく影響する時代になるのではないかと思う。

そもそも、35mmフィルムのカメラは、映画フィルムの露出計として開発されたものであるので、横位置で撮ることを想定されていたものだ。それが、メディアとして独立性を持つことになり、縦位置の写真も多くなっていった。
当時の主な媒体は縦位置の雑誌であったことも大きい。

デジタルカメラの時代になり、横位置は電子映像への親和性を高め、縦位置は電子書籍への親和性を高めていき、今後写真撮影は縦横をより意識しなければならない時代になっていくだろう。(三)
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デジカメの耐えられない軽さ

昨日から、勝又邦彦さんの初期作品を少しずつUPしている。
もちろん、フィルム写真でプリントされたものだ。

勝又さんに写真を見せてもらったのは90年代の後半のことだが、その頃は夜間で長時間露光で都市と自然の拮抗する風景を撮影していた。
そのバランスは危うく脆いながら、長時間露光によってもたらされた重層性のある艶かしい色合いに惹かれたものだ。
同時に、移動するものは存在の痕跡を残しておらず、そこにある土地や物だけがくっきりとその存在感を露にしているという感覚を覚えた。

改めて写真を見ても、やはりデジカメで撮影した写真とは決定的な違いを受ける。
その差は、そこに物質的なバックボーンが薄いからなのかもしれない。マテリアルが強調される勝又さんの写真には、長時間露光によってたっぷリ夜の光が何層にも定着されており、さらに銀塩プリントに転写されている。
そこには確かに物質を経由した痕跡が残っている。

一枚のデジタル画像になったとしても、それをはっきりと認識できることがデジカメの画像との印象の違いだろう。言うなれば、何時間も煮込んだ出汁のラーメンと、インスタントラーメンの違いと似たようなものだろうか?

デジカメ全盛期において、フィルム写真家はどんどん少なくなるが、フィルム写真は、かつての版画のように、メディアの第一線を譲って、アート作品として残っていくだろう。(三)


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冬の足音

冬の足音というが、冬になると街行く人々も足早になる。冬の足音につられて人々の足音も大きくなっていく。(三)